なぜ日本社会でマスクがタブー化してしまったのか
日本社会におけるマスクの問題、長引く要因の1つとして、マスク着用の是非が不可侵で批判が許されない、タブー化してしまっている事実があります。事例を2つほど挙げてみます。帽子もハンカチもNG、マスクだけが許されるUSJのコースター

先日大阪のユニバーサルスタジオジャパン(以下USJと略します)を訪れました。スーパーマリオの世界観が再現されたニンテンドーワールドをはじめ、数々のアトラクションを体験し、とても楽しい1日でした。
その中で1つ気になったのは、ジェットコースターにおける荷物の持ち込み規制について、なぜかマスクだけが治外法権になっていたことです。
以下、最も厳しい規制がなされていた思われるフライングダイナソーの事例です。乗車中に座席がぐるんぐるんと回転するコースターであり、身につけているものは落下の恐れがあるため、あらかじめ全てロッカーに入れておくことが求められていました。
スマホ、財布、カメラ、鍵などはもちろん、帽子、マフラー、眼鏡、さらにはハンカチもNGで、ポケットを空っぽにすることが必要で、万が一持ち込みが発覚した場合は、パーク退場という厳しいものでした。
安全面を考えれば妥当な措置だと思いますが、なぜかマスクだけはOK。割合こそ少ないものの、マスク姿のまま乗車している人はおり、手前のセキュリティチェックの際も何も言われていないようでした。
むろんマスクが落ちてきても、怪我をすることはないかもしれません。しかし、それであればハンカチの類も同じです。レールや車輪など機器に挟まるリスクを考えれば、事故につながる危険性は無視できませんし、さらに人の唾液で汚れた雑菌だらけのマスクが空から降ってきたら、かなり嫌だと思うのですが。
USJに尋ねても科学的/合理的な答えはありません。マスクだけが特別で、タブー化してしまった一例と言えるでしょう。
運動会や体育祭のマスクを「外そう」と言えないのも…
同様にマスクがタブー化してしまった事例として深刻なのは、当ホームページで何度も取り上げている子供たち、思春期世代のマスク外せない問題です。・小中学校/体育や運動会におけるマスク問題を追及する
炎天下の夏、体育の授業、運動会や体育祭においてもマスクを外せず、マスク姿のまま走ったり、飛び跳ねたり、競技している生徒が一定数います(個々の学校や地域によってゼロのところもあれば、目立って多いところもあるようです)。
当然に熱中症のリスクがあります。マスク姿のままの運動がどれだけ息苦しく、身体に負荷をかけるのか。不幸にして亡くなってしまった生徒の事例もありますが、にもかかわらず外させることができない。
「個人の自由」とか「強制できない」といった言い訳が並ぶこともありますが、子供たちの健康や安全を軽視してまで、いったい何を守ろうとしているのでしょうか。
硬直化した組織の責任、問題提起して話し合う勇気を
テーマパークと学校、異なる2つの事例を挙げましたが、共通するのは組織の問題であること。誰も責任をとらず、リスクの所在に目をつむり続けていることです。似たような話はおそらく日本中にあることでしょう。事故や熱中症のような直接的なリスクはなくとも、スーパーなどの店舗でいまだ従業員がみなマスクだったりするのも同様で、同調圧力という言葉だけでは説明できない、タブー化してしまったマスクの問題です。
人と人とのコミュニケーションにおいて、互いの表情が見えるのは当たり前のこと。マスクはあくまで花粉症などやむを得ない症状があったり、食品工場や手術室のような特殊な環境下で一時的に着けるもの。常時着けておくものではありません。
「おかしいのでは?」
コロナが終わってから早3年。2026年の今年こそ、ひと言発する勇気を、まずは問題提起して話し合う勇気を、持ってほしいと望みます。

